京都に残る旧色街「五条楽園」。ディープな遊郭・お茶屋の街からレトロで個性あふれる街へ【その2】 (3/4ページ)
サウナの梅湯の隣には、今も何某暴力団事務所のビルが残る。(写真:TERUAKI.T)
五条楽園の、もう一つの闇の歴史といえるのが某広域暴力団の存在。明治初めにできた老舗組織で、五条楽園の中心に事務所を構えていました。
この組織は、抗争の末2017年に分裂後、事務所も京都地方裁判所により使用を禁止され、五条楽園から姿を消しました。
五条楽園に誰もが気兼ねなく足を踏み入れられるようになったのは、この頃からであったようです。
ちなみに、この組織の初代は、幕末に京都を守護した会津藩に仕える中間部屋頭。幕府方として鳥羽伏見の戦いに従軍し敗戦後、放置された会津藩士たちの遺骸を集め、懇ろに葬い、後に侠客として組織を結成したと伝わっています。
初代が亡くなった後、数代後までは祇園の商工業者からの献金を一切受け付けず、代わりに正月に和菓子を所望した……という逸話も残されています。
