デーブ大久保「日本シリーズは巨人!」本音インタビュー (2/5ページ)
すると、最初は弱く見えたこのユニフォームが、黄金期に入ってから、相手には相当強く見えたんだろうなって。そんなチームの歴史を垣間見たような気がしましたね。
――当時の西武の練習は、どのようなものでしたか?
大久保 練習量は半端じゃなかったですよ。文字通り、朝から晩まで、ずっと。こないだテレビで自衛隊のレンジャー部隊の訓練を見たんです。大げさかもしれませんが、あれが楽に見えるくらい。それほど、西武の練習はきつかった。
――12球団で一番、練習していたんですね。
大久保 絶対に負けない自信があります。巨人に移籍したとき、(第2次)長嶋政権の1年目だったかな。バッティングコーチの中畑清さんが、「1日1000回、バットを振ろう」って言ったんです。それを聞いて、「1000回だけでいいの!?」って驚きましたもん。
――西武時代は、もっと振っていたんですか?
大久保 1日4000回はバットを振っていましたね。それも、巨人のように素振りやトスバッティングを含めてじゃありません。バッティング練習だけで4000回です。
■寮生活も厳しかったが
――西武は練習だけでなく、寮生活も厳しかったとうかがっています。
大久保 寮の見回りがあって、酒やタバコはもちろん、カップラーメンですら禁止されていました。門限も厳しくて。そんな中でも先輩たちは気を遣って、よくメシに連れてってくれましたね。ナベちゃん(渡辺久信氏)には、入寮したその日に、門限の破り方を教わりましたよ。
――息抜きもされていたんですね。
大久保 もちろん事故が起きない程度にですけれど。仲間うちで男だけの飲み会を楽しんでいました。
――そのメンバーは?
大久保 工藤(公康)、笘篠(誠治)、渡辺と、俺。「4兄弟」なんて呼ばれていました。いつも、そのメンバーでご飯を食べて、カラオケに行って。