デーブ大久保「日本シリーズは巨人!」本音インタビュー (3/5ページ)
――のちに清原氏も、そこに加わるんですか?
大久保 はい。キヨが西武に入ってきてからは、本当によく遊びました。当時はファーストのレギュラー争いをしていたので、あいつは、俺にとってライバルじゃないですか。でも、遊んでいるうちに、すごいやつだなと素直に感心するようになりました。野球に関することはもちろん、人間的にです。礼節がしっかりしていて、それは、どんなに親しくなっても崩れることがなかった。
――印象に残っている出来事はありますか?
大久保 当時のライオンズの選手はみんな、自分のお金で飲んでましたね。タニマチは作らない、そういう教えだったんです。キヨだって、50億くらい、銀座で小便にしちゃったなんて噂があったくらいです。
■巨人に移籍
――92年、トレードで、デーブさんは巨人に移籍を果たします。巨人という環境は、やはり西武とは違いましたか?
大久保 皆さんも思われているように、巨人には「紳士たれ」というイメージがあったんですが、それが想像以上でした。たとえば、ジーパンじゃグラウンドに行けないとか。西武時代はジージャンとか着ていたのに、スラックスを用意しないといけなくなった。
――服装から、すでに2チームの違いが出たんですね。
大久保 それに野球のスタイルが違いました。セ・リーグは、いかに失点を抑えて勝つか。対してパ・リーグは、いかに多くの点を取って勝つかでしたから。「打たなきゃだめだ」という教えから、一変して「ミートをして打線をつなぐ」という考え方の野球の中に放り込まれました。だから、僕のスイングを見たときに巨人の先輩方は、「よく、あんなに振れるな」って言っていましたよ。「パ・リーグじゃ、みんな振ってますよ」って思っていましたけどね。
――巨人でのプライベートは、どうでしたか?
大久保 初めは遠慮していたんですが、そのうち先輩方とも飲みに行くようになりました。そこで西武時代にやっていた芸を披露したんですよ。『六本木心中』を歌いながら、1枚ずつ服を脱いでいく。その芸をやると大ウケでしたね。それから毎日、お座敷に呼ばれちゃいました。