日本シリーズで再燃!原VS工藤14年越しの遺恨と内川聖一“冷遇退団”の真相 (2/3ページ)
つまり、チームの投手陣がピンチだろうが身を粉にして働くような考えがなかった。当然、シーズン終盤の中4~5日での登板や、中継ぎに配置転換するなどの打診に、工藤さんがいい顔をするはずがありません。原さんも今ほど権力を持っていたわけではないので、あまり強くは言えませんでした。表立って衝突することはなかったですが、2人の関係性はハタから見てもギクシャクしていましたよ」(巨人OB)
互いに相いれない感情を抱えながらも笑顔で握手を交わし、雌雄を決し合おうというのだ。
そんな遺恨を持つ工藤監督だが、逆に自軍の選手やコーチからは不満の声が聞こえてくる。パ・リーグ関係者がチーム内に漂う不穏な空気を吐露する。
「工藤監督が論理的に口撃してくる『ロジカルハラスメント』に、選手やコーチたちは気を揉んでいるといいます。1聞くだけでネチネチと10も20も返す人ですが、その一つ一つが正論ばかりで、ぐうの音も出ない。会話には程遠く、説教しているようにしか見えません」
ストレス性の精神疾患で毎年のように選手やコーチの離脱が相次ぐ中でも、「嫌われ者」のスタンスを貫いていく。そこには若手時代に体得した西武黄金期が大きく影響しているという。
「工藤監督からすれば、選手たちに嫌われるのは本望です。当時は選手間に派閥があるうえ、それぞれが首脳陣に反発する空気がありました。キャンプの食事では玄米や野菜を強要するなど、当時の広岡監督が目を光らせる中、東尾が『やかんにビールを入れて飲めばいい』と提案。そのやかんを持ってくるように命令されていた、若かりし頃の工藤は東尾や森繁のテーブルを行ったり来たりしていました」(西武球団関係者)
自身が「広岡イズム」に反発したように、監督の管理が厳しければ厳しいほど跳ね返りは大きいもの。そんなストレスのハケ口は野球に向かうしかないと、この西武球団関係者は続ける。
「『勝てば全て相殺』ですよ。不平不満が監督にばかり向くことで、選手たちの団結にもつながる。そもそもレギュラーで起用されている選手は不満を漏らすこともないでしょう。使われて莫大な年俸を稼げれば、ウラミツラミは消えます」
しかし、2位に10.5ゲーム差をつけて優勝したその日には、内川聖一(38)が退団の意向を表明。