知れば知るほど面白い胎蔵マンダラ!見方や意味を徹底解説! (2/5ページ)
空海はこのひとつひとつに、天台や華厳など従来の仏教を充てて、自身が創始した真言密教を最高位の第10レベルに置いている。これを簡易化したのが「秘蔵宝鑰」である。
僧侶で作家の寺林峻(1939〜2017)は、胎蔵マンダラの構造に「十往心論」(秘密曼陀羅十往心論)を組み合わせてユニークな説明をしている。これを簡潔に紹介したい。先ほど述べたように胎蔵マンダラは大日如来を中心に重層的に広がる構造となっている。寺林はこの各層に空海式意識レベルを充て、内側に進むほど次元を昇っていくと仮定される。胎蔵マンダラの画像は検索をすればいくらでも出てくる。できれば仏の姿が鮮明なものを選びながら読むとより楽しめるだろう。
■胎蔵マンダラの旅:第1層 外金剛部院
「外金剛部院」は、主にヒンドゥー教の神々が住んでいる。彼らはヒンドゥー教では悪神であった。そのひとり毘舎遮は人間の手足を咥えているおぞましい姿である。初めて見た人は仏の姿の中に悪鬼が混じっていることに驚くだろう。しかしこれは人間の本能の部分に当たる。欲しいものを欲求の赴くままに、自分さえよければそれでよい。空海はこの最底辺の第1意識レベルを「異生羝羊心」(自分だけの世界)と呼ぶ。胎蔵マンダラは、まず最初に人間に成長する前の動物としてのありのままの姿を我々に突きつけるのだ。
同じ層でも奥に進むと少しはましになる。やはり同じような恐ろしい神・荼枳尼(ダキニ)天がいる。人間の死体は食べるものの、食べるために人は殺さない。僅かな差ではあるが、ほんの少しだけ、他人を思いやる気持ちが芽生えたようだ。第2意識レベル「愚童持斎心」(おすそ分けの心)である。寺林はこの字面の説明を「子供がポッキーをひとかけらを分ける程度」と表現している。しかしのこの差は小さくはない。
さらに進むと梵天が控えている。ヒンドゥー教の最高神・ブラフマンである。我々はここで人知を超えた力に身を任せる超越的な意識を学ぶ。しかし身を任せるといっても悟りのレベルではなく、第3レベル「嬰童無畏心」(無垢な胎児の心)に過ぎない。母のぬくもりに安んじているとの同じく、宿命に甘んじているだけである。動物からやっと胎児のレベルになったわけである。我々はここから自分の足で立たなくてはならない。