夜這い対策にはコレが一番?男性のアレを××してしまう「今昔物語集」の秘術【下】
前回のあらすじ
今は昔の平安時代、第58代・陽成天皇の御代(貞観十八876年~元慶八884年)に、道範(みちのり。姓は不詳)という武士がおりました。
ある時、道範は陸奥国(現:東北地方東部)で産出される砂金を護送するため現地に出張しますが、その道中でとある郡司(ぐんじorこおりのつかさ。地方領主)の屋敷に宿泊します。
そこで郡司の妻を見かけた道範は、その色香に惑わされて本能のおもむくまま夜這いをかけたところ、まんざらでもなさそうな様子。
据え膳食わぬは男の恥……とばかり事に及ぼうとしたところ、なぜか道範の男性器が消失してしまう珍事が発生。
いったい何事か確かめるべく、家来たちにも夜這いをそそのかしたところ、全員が男性器を消失。恐ろしくなった一同は、あわてて屋敷を逃げ出しました。
すると後から郡司の召使いが追ってきて「お忘れ物です」と道範らの男性器を差し出し、本来あるべきところへ無事に戻ったのです。
この不思議な出来事が忘れられない道範は、任務からの帰り道に再び郡司の元を訪ねたのでした……。
前回の記事
夜這い対策にはコレが一番?男性のアレを××してしまう「今昔物語集」の秘術【上】 仏を捨てる覚悟はあるか?厳しい修行に挑む道範「遠路はるばる、お疲れ様にございました」
道範を出迎えた郡司は、さっそく本題に入ります。
「して……愚妻の『味』は、いかがにございましたか?」
呑んでいた酒を噴き出しかけ、顔を真っ赤にする道範でしたが、郡司は構わず続けます。
「ご案じ召されるな……『アレ』はそれがしの仕掛けた妖術にございましてな……その秘密を知りたくて、おいでになったのでしょう」
「……いかにも」
この術を知っていれば、自分の妻の間男防止になる……そう思った道範は興味津々だったのです。
「是非、それがしにもご伝授下され!」
そう来ると思った郡司は道範の申し出を「快諾」し、とりあえず任務を完了した後に「改めて」一人で来るよう伝えました。
「心得申した」
「お待ちしており申す」
……後日、再訪した道範から相応の報酬を受け取った郡司は、さっそく妖術修行を開始します。
「さて、この術の修行はとても厳しいものです。まずは七日七晩にわたって精進潔斎(しょうじんけっさい)し、心身を清めた上で……」
随分ともったいをつけながら、郡司は続けます。
「……これより一切『三宝(さんぽう)を信じない』という誓願を立てていただく必要があります」
三宝とは、仏教において最も大切な三つの宝、すなわち仏法僧(ぶつ・ほう・そう)を指すのですが、当時の人々にとって仏のみ教えを否定するのは、死ぬより恐ろしい事でした。
もしそんなことをすれば、死んでも成仏できず、永遠に地獄の中を彷徨い続ける運命が待っているからです。
「本当に、その覚悟は出来ていますか……?」
さすがに神妙な面持ちで訊ねる郡司ですが、道範とすればここまで来たら、もう引き下がれません。
「……我はこれより一切、仏・法・僧を信じまい!」
「よろしい」
かくして誓いを立てた道範は、精進潔斎を経ていよいよ修行の本番に入り、二人で川のほとりにやって来ました。
死ぬ気で捕らえろ!濃霧の中から出て来たモノは……?「それでは、私は向こう岸に渡りますが、しばらくすると霧が立ち込め、何モノかがあなた目がけて突進して来ます。それが何であろうと、決して逃げることなく捕まえて下さい」
そう言って川を渡る郡司の背中はすぐ霧に隠れ、上流から地響きがして来ます。
(来るぞ……っ!)
自分の手も見えないほどの濃霧から飛び出して来たそれは、かの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)もかくやと思われるほどの大蛇で、さすがの道範も腰を抜かしてしまいました。
「お助け……っ!」
命からがら逃げ延びた道範の元へ、郡司が戻って来ました。霧はすっかり晴れています。
「いかがでしたかな?」
「いやぁ……お恥ずかしながら、つい逃げ出してしまいました……」
「そんな程度の覚悟では、とうてい術は身につきませんぞ?……もう一度だけチャンスをあげますから、今度こそ頑張るのですぞ」
「はぁ、面目ない……」
そして泣きのテイク2もシチュエーションは同じで、今度は濃霧の中から、ヤマトタケルを呪い殺した伊吹(いぶき)山の主もかくやとばかりの大イノシシが飛び出して来ました。
「うわぁ!……でも、これが最後のチャンス……もうどうにでもなれ!」
必死の思いで道範が飛びつくと、大イノシシが丸太に化けて、あれほど濃かった霧もすっかり晴れ渡っています。
「……これで試験は合格にございます」
拍手と共に戻って来た郡司は、勇気を絞り尽くして腰の抜けた道範を助け起こして言いました。
「残念ながら、ご所望の『男性のアレをアレする術』は身につきませぬが、他の術なら色々と教えて差し上げますぞ……まぁ、宴会の余興くらいにはなりましょう」
(あぁ……最初の大蛇も、実際はこんな丸太か何かだったんだろうな……勇気を出して飛びつけばよかった……)
ガッカリした道範でしたが、手ぶらで帰るのも何なので、郡司からさまざまな妖術を教わったのでした。
エピローグこうして都に帰った道範は腕利きの妖術使いとして有名になり、沓(くつ。靴)を仔犬に変えたり、草鞋を鯉に変えたり、人々を驚かせたそうです。
「おぉ……道範よ、望みの褒美をとらすゆえ、どうか朕(ちん。天皇陛下の一人称)にも教えてたもれ!」
妖術を教えて陽成天皇に取り入る道範と、周囲の冷ややかな目線(イメージ)。
道範の妖術を大層お気に召した陽成天皇は、さっそく道範から妖術を教わって几帳(きちょう。部屋の間仕切り)の上に小人を行列させてみるなど、大いに興じたと言いますが、人々はこれを快く思いませんでした。
「帝ともあろうやんごとなきお方が、天狗(ここでは邪神全般を指す)の術などをもてあそばれるとは……きっと災いが起ころうよ」
その不安はほどなく的中して宮中で凶事が起こり、陽成天皇は退位に追い込まれてしまうのですが、それはまた別の話。
かくして男性のアレをアレする術は現代に伝わっていないようですが、悪用されても嫌なので、伝わらなくてよかったのではないでしょうか。
【完】
参考
水木しげる『今昔物語集 全』講談社、2017年3月 Angry youths burn down pastors’ buildings because 7 men can’t find their penises [ARTICLE] – Pulse Ghana日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan