聖人君子のウラの顔?綏靖天皇の「食人趣味」は本当か、説話「神道集」の伝承を紹介 (3/4ページ)

Japaaan

そもそも『神道集』は仏教優位(仏教>神道)の思想に基づいて書かれており、仏教伝来以前の日本、もちろんそれを治(しろ)しめた神々や、その系統を受け継ぐ皇室については未開な存在として描く傾向が散見されます。

日本人が崇敬している神々も、元は御仏の救いによって相応の神格を与えられたとする考え方で、仏教伝来(『日本書紀』によれば欽明天皇13年・西暦552年)以前の綏靖天皇も、当然の如く野蛮な振る舞いが描かれました。

※それがなぜ綏靖天皇だったのかは根拠がありませんが、もしかしたら「神武天皇ほどのカリスマではなく、なるべく古い時代にさかのぼれば、荒唐無稽な逸話を書いてもクレームが出にくいだろう」と考えたのかも知れません。

彼らは本当に「食べられた」のか?

Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.
【意訳】間違いで説明がつくことに、悪意を決めつけてはならない。

byロバート・J・ハンロン「ハンロンの剃刀」より。

以上、ちょっと穿った見方をしてみましたが、もしかしたら『神道集』の筆者や伝承者にも悪意はなく、古文を読んだ上で誤解があった可能性も考えられます。

古い大和言葉を読んでいて、誤解のキッカケ?として気になるのが「聞食」という言葉。これは「きこしめす」と読んで「お聞き召される=下さる」ことを意味し、現代でも祝詞(のりと)などによく使われます(機会があったら、耳を澄ますと楽しいですよ)。

もしかしたら、筆者たちはこの「食」を文字通り「食べる」と解釈し、また「聞」は「お香を聞く(香りを嗅ぐ)」のように「味わう、楽しむ」などと解釈し、綏靖天皇が「人々を味わって食べていた」かのように誤解してしまったのかも知れません。

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