「ただのヒモ」だった? 東京03飯塚の“先生役”に仲間から驚き、尖っていた時代から変貌を遂げたきっかけは (1/2ページ)

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東京03・飯塚悟志
東京03・飯塚悟志

 東京03・飯塚悟志が、バランス栄養食「カロリーメイト」の受験生を応援する新CMに出演中だ。コロナ禍の中、生徒にエールを送る教師役で出演中の彼だが、長らく東京03と仕事をしている放送作家・オークラ氏は「(飯塚は)ただのヒモでしたからね」と驚きを隠せないでいる。

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 これは、25日深夜放送された『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』(ニッポン放送)での発言だ。東京03は、角田晃広が加入する2003年より前、1995年頃から豊本明長と飯塚のコンビ・アルファルファを結成。ネタ番組『爆笑オンエアバトル』(NHK)などでも一定の成績を残していた優秀なコンビだった。

 しかし、その頃(90年代中盤~後半)の飯塚は、今のように好感度が高く、優しい笑顔を振りまくパブリックイメージとはほど遠かった。オークラ氏曰く「とにかくクソ人間だった。ヒモだったし、腐っていた」と語る。オークラ氏は元芸人。飯塚も所属している芸能プロダクション・人力舎に入った頃、先輩である彼に話しかけると、「てめぇ話しかけてくんな」と言われるほど尖りきっていたのだ。

 「当時、人力舎は、アンジャッシュやアンタッチャブルなど、個性の強い芸人が頭角を現し始めたころ。アルファルファは客前では受けるネタを作れるものの、もう一歩が踏み出せず、一線には入ることができなかったそうです。オークラ氏は、そういったフラストレーションがあったのでは、と語っていましたね。」(芸能ライター)

 その後、人力舎におぎやはぎが所属。おぎやはぎは、それまで殺伐としていた人力舎の芸人の潤滑油となり、今に繋がる空気感を作っていく。そんな中、矢作兼が「飯塚さんってツッコミうめーよな」と言い始めた。当時、尖り腐っていた飯塚を毛嫌いしていたオークラ氏だったが、よくよく見ると、確かにツッコミがうまい。そこで、当時、数多くのユニットコントライブを手がけていたオークラ氏は、おぎやはぎと飯塚のユニットコントを制作(2000年頃)。そこで飯塚がハネ始めたという。

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