Snow Manの出場危機で思い起こされる「紅白のドタキャン」裏歴史

アサ芸プラス

Snow Manの出場危機で思い起こされる「紅白のドタキャン」裏歴史

 衝撃のニュースだった。今年、ジャニーズ事務所から鳴り物入りでデビューし、いきなりミリオンセラーを記録した「Snow Man」が、初出場を決めた「NHK紅白歌合戦」を辞退せざるを得ない状況になったのだ。12月21日にメンバーの宮舘涼太が新型コロナウイルスへの感染を公表。残る8人のメンバーやマネージャーはPCR検査で陰性が確認されたが、ジャニーズは以下のようなコメントを発表。

〈濃厚接触者に該当したため、隔離生活で経過観察することになりました。Snow Manとしての活動が一定期間できない状況となりました〉

 そこには「年末年始」と明記してあり、当然、紅白も含まれる。長い下積みを経てのデビューだっただけにメンバーやファンの落胆は大きいが、今年で71回の歴史を誇る紅白では、過去にも「ドタキャン」となったことは少なくない。70年には岸洋子の「希望」が大ヒットして出場が決まったが、病気により辞退。ピンチヒッターに江利チエミが選ばれたが、前年に落選したことの恨みを込めてこれを固辞。代打の代打で日吉ミミの「男と女のお話」に落ち着いている。

 翌71年には、内山田洋とクールファイブのリードボーカル・前川清が直前になって肺の病気のため辞退。実はこの年、前川は藤圭子と結婚しており、紅白で「史上初の夫婦共演」になるはずだった。そのため藤は、自身の曲に続けてクールファイブをバックコーラスに、前川のパートを担うという“内助の功”を見せた。

 86年には紅白史に残るスキャンダルが発覚する。出場が決まっていた北島三郎と山本譲二が前年、反社会的勢力の新年会に出席していたことが報道され、辞退。繰り上げ当選の鳥羽一郎は、北島を「オヤジ」と慕っているため、これまた辞退。何と「シブがき隊」が代理出場している。

 時代が平成に替わった91年、ロックバンド「ハウンド・ドッグ」が初出場となる。ただ、本番6日前に「未発表曲を歌いたい」と言い出し、当時は認められなかったためNHKは却下。これを不服として辞退し、代理でバブルガム・ブラザーズが出場。歌の終わりに「サンキュー、ハウンド・ドッグ」と、粋に絶叫している。

 Snow Manのピンチヒッターが誰になるのかも興味深いが、コロナ禍の第3波を思えば、今後も辞退につながる組が増えるかもしれない。

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