どんな無理でも通してみせる!戦国時代、武田信玄に仕えた武士・縄無理之助 (3/5ページ)
「道理之助と名乗るがいい!」花沢城攻めでの不覚
かくして縄無理之助となった那波宗安ですが、信玄が駿河国(現:静岡県東部)へ進攻した永禄13年(1570年)。花沢城(現:焼津市)を攻める先鋒として矢玉を掻い潜り、城門へと肉薄していました。
一緒にいたメンバーは、信玄の御曹司・諏訪四郎勝頼(すわ しろうかつより)はじめ、長坂長閑斎(ながさか ちょうかんさい。光堅)、諏訪越中守(すわ えっちゅうのかみ。頼豊)、初鹿野伝右衛門(はじかの でんゑもん。昌次)。
そして無理之助の5人であと一歩という処まで辿り着いたのですが、城壁からの弓勢(ゆんぜい。矢を射かける勢い)はよりいっそう凄まじく、二進(にっち)も三進も行かなくなってしまいます。
「さて、どうするか……」
このままでは埒が明かない……攻めあぐねる一同でしたが、伝右衛門が城門にぶら下がった鎖を見つけ、無理之助に言いました。
「おい、あの鎖を槍先で引っかけられるか?」
「この激しい矢玉の中で、そんなことをすれば蜂の巣にされちまう。