カラダの関係で心は救われない? 性欲にまみれた“地獄”を描いた漫画『少年のアビス』 (1/2ページ)
「すごいことなんてない。ただ当たり前のことしか起こらない」。2000年代にカルト的人気を誇ったアニメ『フリクリ』に登場するセリフだ。ノストラダムスの大予言から約20年、世界中でパンデミックが巻き起こる現在でさえ、人々が生きているのは〝当たり前〟の日常。人生を一変させる出来事なんて起こらないし、自分がある日突然理想の人間に変わるわけでもない。ただ、この世界から誰かが連れ出してくれるかもしれない…という望みだけは心の隅っこに残っている。
『少年のアビス』というマンガでは、そんな淡い期待に縋る人々の物語が描かれていく。主人公の黒瀬令児は、辺り一面に田んぼが広がるド田舎の高校生。町の権力者である土建屋の息子・玄と腐れ縁であり、時おり呼び出されてはパシリのように使われている。また家庭には認知症の祖母と、引きこもりで気性が荒い兄がおり、母を見捨てることはできない状態。高校を卒業したら玄のもとで働き、母を支えながら生きていく…。彼の人生には一片の希望もない。
物語は、令児が憧れのアイドル・青江ナギと偶然出会うところから動き出す。ナギは最近町に引っ越してきたばかりで、コンビニ店員として働いていた。出会った日の夜、令児はナギを連れて町を案内することに。そこで自殺の名所・情死ヶ淵について話題が及ぶと、ナギは突然「私たちも今から心中しようか」と口にする──。
これだけでも十分起伏に富んだ展開だが、物語はさらなる急展開を迎える。ナギの家に連れ込まれた令児は、彼女と初体験を済ませるのだ。セックスを通して、ナギが理想を体現した偶像(アイドル)ではなく、生身の人間だと気づく令児。同じ絶望を抱えた人間として、2人は情死ヶ淵の暗闇に引き寄せられる。
しかし令児が関わりをもつのは、ナギだけではない。息がつまるような人間関係の田舎町には、他にも未来を閉ざされた女性が存在する。そして令児は、そんな相手と身体を重ねることで絶望を共有していくのだった。
暗くジメジメとした川のほとりでよく恋愛マンガなどでは、憧れの相手と寝ることがポジティブな意味合いで描写される。まるでそれが、明るい未来の象徴であるかのように。ところが同作では徹底的に性行為は暗く、〝落ちていく〟ものとして表現されている。