吉田沙保里は号泣!プロレス、ボクシング…「レジェンド格闘家」が明かす「世紀の一戦」真相 (3/5ページ)
「下馬評では100%、王者、カルメロ・ボッシ(イタリア)が勝つといわれていた。だったら、俺は0%かよって(笑)」
こう冗談まじりに語るのは、71年10月31日、大方の予想を覆してボッシを破り、プロボクシング世界ジュニアミドル級(現在はスーパーウェルター級)王座を獲得した輪島功一だ(以下、発言は輪島氏)。
「でもね、100%勝つといわれていたからこそ、スキがあると思ったんだ」
輪島の体型は身長170センチ、リーチ168センチとJミドル級では小柄。まともに闘えば勝ち目は薄いが、輪島には考えがあった。
「ボッシはローマ五輪銀メダリストというテクニシャン。アマチュア出身のオーソドックスタイプは、変則的な動きに弱い。だったら、相手の懐に飛び込んで打ち合いながら、従来のセオリーにはない動きを入れていけば勝てると思ったんだ」
その最たる動きが、輪島の代名詞「カエル跳び」。6回、輪島はリング中央で、しゃがみ込んだと思った刹那、跳び上がるようにして、パンチを打ち込んだ。
「あれはダウンを奪うためのパンチではない。ガードもされたけど、それでいいの。勝負で一番重要なのは、駆け引きなんだ。案の定、それからボッシは“ふざけやがって!”と血相を変えて打ち合いに来たからね」
時の世界王者が、罠にハマッた瞬間だった。
「人間はカーッとなれば、我を忘れる。しめしめと思ったね(笑)」
あれから49年、輪島は意外な事実を打ち明ける。
「カエル跳びという名称は、テレビの実況が使ってくれたおかげで定着した。でも、あれは練習でいつもやっていたウサギ跳びの動き。ホントは『ウサギ跳びパンチ』なんだよ(笑)」
輪島には、もう一つ、伝説の世界戦がある。76年2月、一度はベルトを奪われた柳済斗(韓国)にリベンジし、世界ジュニアミドル級王座を奪回した一戦だ。試合5日前の会見。輪島は風邪予防のため、マスクをつけて出席した。記者から「体調が悪いのか?」と質問されたことで、柳陣営を欺く策を思いつく。
「会見後、柳のトレーナーをトイレで待ち伏せしたの。ゴホゴホと、わざと咳をしてね。