成果が出ない管理職がやめるべき3つの「がんばり」 (1/2ページ)
「がんばり」や「熱意」「懸命さ」がかならずしも結果に結びつかないのが仕事の難しいところであり、おもしろいところでもある。
もちろん、熱意をもって懸命に取り組むこと自体はすばらしいことだが、それが視野の狭さや意固地さ、過度な執着に結びついてしまうことがある。仕事が多くの同僚や関係者と一緒に作り上げる「合作」である以上、こうなると熱意や懸命さは空回りをはじめてしまう。特に管理職でありがちなことかもしれない。
■上司が「がんばる」と周りが疲弊する電通でクリエイティブディレクターとして活躍しながら高野山で真言密教を学び、阿闍梨の位を授かるという異色の経歴を持つ元井康夫氏は、著書『「がんばらない」という智恵~自分でできる働き方改革~』(辰巳出版刊)で“「がんばる」より「がんばらない」ほうがうまくいく”としている。
一人でコツコツとがんばるのなら、問題はないが、えてしてこういう人ほど周囲の人にもがんばりを強いてしまうことになりやすい。特に、上司が一人でがんばっていると、部下としては先に帰りにくい。これが続けば、上司のがんばりによって全体が疲弊してしまうことになる。自分のがんばりが周りの人を苦しめてしまうこともありえるという点は、人を束ねる立場の人はわかっておくべきだろう。
■「何でも自分で」が仕事を苦しくする仕事をしていくなかで、ついついクセのようになってしまうのが、なんでもかんでも自分でやろうとする「抱え込み」だ。プレイヤーとして仕事ができた人ほど、上司になってから仕事を部下に任せることができない傾向があるとも言われる。
だが、一人の人間がプレイヤーとして「旬」でいられる時期は限られているし、会社において、ある仕事が一人で成し遂げられたものかどうかには、あまり意味がない。
やることなすことうまくいく時期があったとしても、その時期はいつか必ず終わる。そうなった時のために、衆知を頼ったり、今が旬のプレイヤーたちの後方支援にあたることを覚えておくのが、長く活躍するための条件なのだ。