戦国ファン必見!その名も「武田信長」というインパクト最強な武将が実在した (4/5ページ)
約28年間にわたって室町幕府と渡り合い、関東一円で激戦を繰り広げた足利成氏。歌川国貞「八犬傳 犬之艸帋之内 足利成氏」より。
この成氏、かつて信長が上杉禅秀の乱で争った鎌倉公方・足利持氏の遺児で、やがて関東管領の上杉憲忠(うえすぎ のりただ)を暗殺し、室町幕府を相手どって戦う「享徳の乱※」を惹き起こしました。
※享徳3年(1455年)~文明14年(1483年)の28年間にわたって断続的な戦闘が関東一円で繰り広げられたことから「関東地方における戦国時代の幕開け」と考えられています。
「右馬助(うまのすけ。信長の官位)よ、そなたに兵を授けるゆえ、上総国(現:千葉県中部)におる上杉勢を蹴散らして参れ!」
「ははぁ……!」
誰かの下につくのは気に入らないが、相模守護職の座を奪った(?諸説あり)にっくき上杉氏を討伐できるならお安い御用……康正2年(1456年)ごろ、信長は兵を進めて上総国を制圧し、真里谷城(現:千葉県木更津市)を築き上げます。
「これでようやく、わしも一国一城の主じゃ!」
思えば討死した父の跡を継ぐべく、甲斐国守護を目指してから約40年……長い長い道のりを振り返れば、遠く上総国まで来ていたのでした。