死人に口なし!?平安時代にもあった悪質な架空請求事件に痛感する世の不条理 (4/4ページ)
さて、貴子の訴えがその後どうなったかについては、残念ながら記録が破棄されてしまったので不明ですが、兼信の要求が違法であることは明らかです。
時を遡ること200年以上前の宝亀10年(779)年、時の光仁(こうにん。第49代)天皇がこのような勅命を発せられています。
「一倍を過ぐるの利を以て得ざれ」
【意訳】貸した元本の100%を超える利息を得てはならない。
つまり、もし本当に兼信が茂興に2.5石の米を貸していたのだとしても、そしてどれほど歳月が流れていたとしても、要求してよい利息の上限は2.5石、元本と合わせて5石までということになります。
※ちなみに、元本の返済が終わるまで際限なく利息が膨れ上がってしまう鬼畜な融資条件を行政が公認するようになるのは、実に江戸時代以降のことでした。
「じゃあ、兼信の要求は明らかに違法なのだから、貴子の全面勝訴でしょ?」
と思いたいところですが、いかんせん兼信は地域の有力者でしたから周囲の者も忖度してしまい、兼信の要求を丸ごとは受け容れられないとしても、何がしかの形で「手打ち」をさせた可能性も十分に考えられます。
今も昔も、なかなか正義が通らない世の不条理を痛感させられますが、せめて藤原公任が公正な裁きを下していて欲しいと願うばかりです。
※参考文献:
繁田真一『平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職』文藝春秋、2020年10月
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