宮沢和史インタビュー「コロナ禍は、僕たち人間が“次の世界”に進むきっかけなのかも」 (2/3ページ)
- タグ:
-
宮沢和史
加えて当時、特に音楽界では、日本本土と沖縄の間に“見えない壁”も存在していた。だから、戦争も知らない本土生まれの僕らが、沖縄戦をテーマにした曲を歌う資格はあるのかと、迷いが生まれました。
■「みんなと違う経験をして、さまざまなものを自分の中に詰め込んでいく」
そんな状況で、背中を押してくれたのが、沖縄を代表するミュージシャンである喜納昌吉さんでした。昌吉さんは「あの曲は、沖縄をよく捉えている。魂までコピーしていたら、それは模倣ではない。だから、君ももっと沖縄に来て歌え。俺も壁を越えていくから」と言ってくれた。その言葉に後押しされ、『島唄』を全国発売することになったんです。その後、沖縄と本土の間にあった扉は開かれ、音楽的な交流が活発になっていきました。
その後、僕は沖縄以外にも、アジアをまわり、キューバ、ブラジル、アルゼンチンといった国々に行き、現地のミュージシャンと交流してきました。デビューしてからの30年間は、旅をしながら多くの経験をし、新しい音楽を生み出す探求の時間でしたね。僕は才能を持って生まれたタイプではないので、みんなと違う経験をして、さまざまなものを自分の中に詰め込んでいくしかなかったんです。
でも、今はコロナ禍で、人に会えないし、旅もできない。僕ら音楽家はライブで歌うこともままならない、いわば失業状態です。だから、この空白期間に曲を作りました。今度のアルバム『次世界』は、今の特殊な状況下でなければ生まれなかった曲が詰まった一枚になっています。
「元の世界に戻りたい」というのが、みんなの共通の思いでしょう。でも、もしかするとコロナ禍というのは、人間がいい形で変われる機会なのかもしれない。元の世界に戻るのでなく、「次の世界」に踏み出すべきなんじゃないか――アルバムのタイトルにはそんなメッセージを込めました。
このアルバムの曲が、これまで以上に、いろいろな世代の方々に届いたらいいなと思っています。