日本橋、遊郭、長屋…浮世絵で見る、江戸時代を生きる人々のタイムスケジュールはどうなっていた?【その9】 (4/7ページ)
歌川広重は冬の夜景として、堰堤とその脇の坂道を描きました。題として「あふひ坂」とありますが、古地図には「葵坂(あおいざか)」と記されています。
冬の寒い夜、ふんどし姿の2人連れが歩いています。
「金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)」と書かれた提灯を手にしているので、葵坂下にある金毘羅大権現、現在も虎ノ門にある“金刀比羅宮”への「寒詣」の帰り道でしょう。
歌川広重は冬の夜景として、堰堤とその脇の坂道を描きました。題として「あふひ坂」とありますが、古地図には「葵坂(あおいざか)」と記されています。
冬の寒い夜、ふんどし姿の2人連れが歩いています。
「金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)」と書かれた提灯を手にしているので、葵坂下にある金毘羅大権現、現在も虎ノ門にある“金刀比羅宮”への「寒詣」の帰り道でしょう。