戦国時代に栄華を誇った帰雲城、天正大地震で一夜にして忽然と姿を消す (5/5ページ)
経聞坊は『経聞坊文書』を歴史資料として残し、白川郷における地震の記録を綴っています。
荻町城の城主であった重臣・山下時慶・氏勝親子も生き残り、氏勝はのちに尾張徳川家に仕えています。
内ヶ島家は、多くの金山を持っていたことで知られました。天正大地震によって、集めた金も地底に深く沈んだとされています。
帰雲城には、内ヶ島家五代百二十年に及ぶ金が集積されていた、という説もあります。このことから、同地には現在も埋蔵金伝説が残されています。
想定される金の量は、現在の価値に換算すると総額一兆円とも言われています。
参考文献
加来耕三 『消えた戦国武将 帰雲城と内ヶ嶋氏理』 メディアファクトリー 2011年 寒川旭 『秀吉を襲った大地震』 平凡社 2010年 「天正地震(1586年天正13年)」 岐阜県HP
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