ミスターから清原和博、イチローまで!日本列島が涙したプロ野球「魂の一打」 (4/5ページ)

日刊大衆

当の清原による“巨人に負けたというより、長嶋さんに負けた感じ”なるコメントが、それを象徴していましたね」(前同)

 そして、清原とは何かと比較されることも多かった松井秀喜も欠かせない。とりわけ鮮烈だったのが、日本球界ラストイヤーとなった02年。日本人では、かの落合以来16年ぶりに、大台に乗せた50号アーチだ。

「この年の中継では、放送席の角盈男氏らも“松井が50本打ったらメジャーに行ってしまう”と真顔で解説していたほど、“50本”は一つの鍵となっていた。40本を超えた頃からは、それがより現実味を増して、メディアを賑わせることになりました」(元担当記者)

 そんな松井の“進路”を決定づけた一戦が、10月10日の対ヤクルト最終戦。3回表に、相手先発・藤井秀悟から49号ソロを放つと、同点で迎えた8回裏のチャンスで、打順は再び松井に回ってきた。

「対する五十嵐亮太は当時、売り出し中の豪腕。松井に全球ストレート勝負を挑んだ彼の強心臓ぶりにもシビれましたね。実はあの打席、松井は球威に押されて何度もファウルを打っている。フライになった4球目を捕手の米野智人が見失わなければ、歴史は変わっていたかもしれません(笑)」(前同)

■母の前で最初で最後の本塁打

 松井とともに球界を牽引した大スターと言えば、イチローがいる。09年の第2回WBC、延長戦にもつれ込んだ韓国との決勝で放った殊勲の一打は、今も語り草となっている。

「前回大会で物議を醸したいわゆる“向こう30年”発言もあって、韓国にとってもイチローは因縁の相手。韓国では、一塁が空いている状態で敬遠策を選ばなかったバッテリーに批判が集中しましたが、そこは真っ向勝負を挑んだ彼らを素直に称えるべきですよね。プライドがぶつかり合った極限の対決。

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