武田信玄が戦国最強軍団を築けた秘密?それは、家臣の意見を採用する合議制にあった【後編】 (1/5ページ)

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武田信玄が戦国最強軍団を築けた秘密?それは、家臣の意見を採用する合議制にあった【後編】

織田信長が怖れ、徳川家康を一蹴した武田信玄。一般に戦いの天才というイメージが強い信玄だが、それだけで戦国最強軍団を構築できたわけではありません。

ワンマンが多かった戦国時代において、信玄は家臣たちの意見を取り入れる合議制を行った大名でした。後編では、嫡男義信廃嫡事件を契機に家臣団を引き締め、戦国最強軍団に仕上げた信玄のリーダーシップを紹介しましょう。

前編の記事

武田信玄が戦国最強軍団を築けた秘密?それは、家臣の意見を採用する合議制にあった【前編】

嫡男信義の謀反で揺らぐ家臣団

 武田義信が幽閉された東光寺。(写真:wikipedia)

合議制を採用したことで、盤石かと思われた武田家臣団。しかし、1567(永禄10)年、思わぬことで揺るぎが生じてしまいます。それは、嫡男義信の謀反でした。

1560(永禄3)年、桶狭間の戦いで今川義元を討たれた駿河国主今川家は、後を継いだ氏真の代になると、三河の徳川家康の圧力に抗しきれなくなっていました。

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