中村メイコ「最初に乗った飛行機は何ですか」って聞かれたら「戦闘機です」 (1/2ページ)
テリー 小さい頃はエノケンさん(榎本健一)や(古川)ロッパさんなど、そうそうたる人たちとも共演してますよね。
中村 そうですね。ロッパさんとは有楽座で、同じ「フクちゃん」の舞台もやりましたし、そうやってどんどんお仕事するようになってしまって。でも嫌いじゃなかったのかな、やっぱり。
テリー そのあとは森繁久彌さんとも。
中村 森繁さんはデビューが戦後ですもんね。戦争(第二次世界大戦)が昭和14年に始まって、16年ぐらいの時、私、小学校1年生だったと思うんです。「国民学校」っていう名称になった年の1年生で、市ヶ谷小学校っていうところに行ってました。その頃は牛込区(現在の新宿区の一部)に住んでたんですよね。
テリー その後どこかに疎開したんですか。
中村 ええ。もう父がともかく怖がりで、空襲に遭いたくない一心で、大きな日本地図を広げて「どこがいちばん安全か。奈良だろう」って、縁もゆかりもない奈良県を目指して一家で行きました。
テリー えっ、そんなことできたの?
中村 できたんです。で、「ここは静かでいいな」とか言って、父が富雄村(とみおむら)というところに降りて、駅のプラットフォームで「どなたか一家3人ほどが暮らせるお部屋など貸してくださるお宅はありませんかな」って3回ぐらい叫んだら、「どうぞ」っていう人が走ってきて。そこのお離れを借りて住み出したんです。
テリー 奈良を選んだのは歴史のある古い建造物があるから?
中村 そう。父が「ここは文化財が多いから絶対爆弾落とさんぞ」って。
テリー それもまたすごい話だよね。16年ってまだ空襲なんて想像できない時でしょう。結局、爆弾は落ちなかったんですか。
中村 はい。