医療や看護、看取り、葬送を目的に兵士に寄り添った宗教者・陣僧たち (2/3ページ)

心に残る家族葬

そうした中、法然(1133〜1212)が念仏を唱えるだけで極楽往生できるとする専従念仏を説き浄土宗を開くと、救いを求める民衆が殺到した。そしてある意味で農民や町衆以上に切実に救いを必要とする武士たちも法然の念仏にすがった。

■死が身近だった武士にとって宗教は救いの手になり得た

そもそも武士というものは、特に乱世に生きる武士は常に死と直面しているだけに験を担ぐものである。彼らが恐れたのは物理的な死ではなく、むしろ「死後」の恐怖だった。殺生をしたことによる堕地獄こそが武士が最も恐れたことだった。源平合戦に敗れ源氏に囚われた平家一門の武士・平重衡(1157〜1185)は、処刑を前に法然(1133〜1212)に面会し授戒した。彼は生前多くの殺生を犯したことで地獄に堕ちることを恐れたのである。法然は念仏を唱えるなら、いかなる罪人悪人でも許され極楽往生できるとした。重衡は感激しむせび泣いたという。

陣僧は各宗派から出ていたが、やはり極楽往生を説く浄土系が多かった。専従念仏は仏像も五色の紐もいらない。念仏によって武士は戦場に阿弥陀仏と共にあることができた。仏教各派の中でも浄土系の時宗僧侶が善知識(教えを説く先達)として従軍するようになったのは必然だったのである。

■陣僧として知られていたのは時宗の僧侶

浄土系の中でも陣僧として知られているのは時宗の僧侶である。時宗は一遍(1234〜89)を祖とする浄土系仏教の宗派で、鎌倉から南北朝・室町に至り隆盛を誇った。浄土系仏教は法然に始まり、親鸞が深め、一遍で極まった感がある。柳宗悦(1889〜1961)によると、浄土宗は私たちが阿弥陀仏に帰依し、浄土真宗は阿弥陀仏の方が人間を救いに来る。そして時宗においては私たちと阿弥陀仏の間に断絶はなく一体であると説く。一遍に至り究極にまでシンプルとなった念仏は、複雑な儀礼も、小難しい座学も、時間のかかる行をする時間も余裕もない乱世の武士の救いとなったのである。

■宗教者が戦場へ向かうことの矛盾

宗教者が戦場に従軍するのは矛盾しているように見える。いかなる形であれ宗教者が戦闘に加担していることには変わりはない。米軍の従軍チャプレンには宗教者でありながら正規の階級を持つ事例もある。

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