医療や看護、看取り、葬送を目的に兵士に寄り添った宗教者・陣僧たち (3/3ページ)
その場合彼らもまた兵士ということである。そして戦場であるからには、汝の敵を愛せよというわけにはいかない。自軍の兵士を支援することは敵方の敗北に一役買っていることになる。しかし兵士たちは敵も味方も望んで戦争に参加しているわけではない。重衡とて好んで殺生をしたわけではない。戦争なるものは一個人の意思ではどうにもならないことである。
どのような経緯であれ、今まさに死に直面している兵士に寄り添うことと、反戦を唱え従軍を拒否すること。どちらが宗教者の本分といえるのか。これは難しい問題である。
■それでも彼らは戦場へ向かう
戦場は病院と並び、生と死が交錯する場所である。その意味で本来、戦地において宗教者は医師や看護師と並ぶ重要性を持つ。終末期患者に対する宗教的ケアの必要性が叫ばれる昨今だが、前線にいる兵士たちもまた終末期患者と言えるだろう。宗教者としての矛盾を孕みながらもチャプレンたちは「救い」を携え、戦場へ向かうのである。
■参考資料
■今井雅晴「中世における陣僧の系譜」『茨城大学人文学部紀要. 人文学科論集』第17号 茨城大学(1984)
■田中雅一「軍隊と宗教一米軍におけるチャプレン」」『人文学報』第90号 京都大学人文科学研究所(2004)
■柳宗悦「南無阿弥陀仏」岩波文庫(1986)