まさに法悦!やんごとなき女性たちの人生を狂わせてしまった念仏僧侶のエピソード (2/4ページ)
日本の声明はやがて江戸時代の浄瑠璃(じょうるり)や明治時代の浪曲(ろうきょく)、そして近現代の歌謡曲にも影響を与えたと言われ、形を変えながら人々の心をつかんでいます。
つまり、お経は宗教的行為であると同時に革新的なエンターテインメントでもあり、僧侶たちの美声(※)に聞き惚れ、心酔してしまう者も少なくなかったそうです。
(※)現代のお坊さんも、読経で喉が鍛えられ、リズム感が養われているからか、カラオケの上手な方が多い印象があります。
現代の私たちからすれば「どんな唱え方をしたのか知らないけど、本当にお経なんかで楽しめたの?」と思ってしまいますが、実際にお経の力が引き起こした歴史的事件を一つ紹介したいと思います。
念仏に狂わされた、やんごとなき女性たちの人生時は鎌倉時代初期の建永元年(1206年)、後鳥羽(ごとば)上皇に松虫(まつむし)と鈴虫(すずむし)と名づけられた側室(女房)がいました。