まさに法悦!やんごとなき女性たちの人生を狂わせてしまった念仏僧侶のエピソード
皆さん、お経(きょう。読経)や念仏(ねんぶつ)は好きですか?
そう言われて「はい、大好きです!」と即答する物好きは、よほど信心深い人でもそうそういないと思います。
とかく現代では「ありがたいらしいけど意味が分からず、聞いていて退屈なもの」として扱われがちなお経や念仏(ねんぶつ)ですが、その誕生当初は眠くなるどころか、熱狂的に歓迎されたそうです。
一体どういうことなのでしょうか。
日本人の心に刺さり、進化を続けた声明(しょうみょう)「南無阿弥陀仏(なーもあーみーだーぁんぶー)……南無阿弥陀仏……」
※読みは一例。寺院や宗派によって異なります。
ポクポクと打たれる木魚(もくぎょ)などの音と共に読み上げられる、お経の独特な節回し。
あれは声明(しょうみょう)と言って、淡々と読み上げるより、リズムをつけることで文章を覚えやすくしたり、神妙な気分を高めたりする効果があるそうです。
声明は仏教発祥の地であるインドにも、経由した中国大陸にもありますが、同じ経典であっても土地ごとにリズムが異なり、民族の心をとらえるメロディへと進化していきました。
日本の声明はやがて江戸時代の浄瑠璃(じょうるり)や明治時代の浪曲(ろうきょく)、そして近現代の歌謡曲にも影響を与えたと言われ、形を変えながら人々の心をつかんでいます。
つまり、お経は宗教的行為であると同時に革新的なエンターテインメントでもあり、僧侶たちの美声(※)に聞き惚れ、心酔してしまう者も少なくなかったそうです。
(※)現代のお坊さんも、読経で喉が鍛えられ、リズム感が養われているからか、カラオケの上手な方が多い印象があります。
現代の私たちからすれば「どんな唱え方をしたのか知らないけど、本当にお経なんかで楽しめたの?」と思ってしまいますが、実際にお経の力が引き起こした歴史的事件を一つ紹介したいと思います。
念仏に狂わされた、やんごとなき女性たちの人生時は鎌倉時代初期の建永元年(1206年)、後鳥羽(ごとば)上皇に松虫(まつむし)と鈴虫(すずむし)と名づけられた側室(女房)がいました。
上皇は二人をたいそう寵愛していましたが、ある日、上皇が熊野詣に出ていた留守中、二人は御所を抜け出してしまいます。
「ねぇ、本当に行くの?バレたら大事になるわよ?」
「バカね。バレなきゃいいのよ……と言うか、念仏を唱えれば極楽浄土へ行けるんだから、バレたって何も怖くないんだから……!」
彼女たちの目的は、安楽房(あんらくぼう)と住蓮房(じゅうれんぼう)の開いていた念仏法会(ねんぶつほうえ)に参加すること。念仏法会とは文字通り「仏を念じて法=仏の教えを説く会」なのですが、実際は「僧侶たちの美声(イケメンボイス)に酔いしれるライブコンサート」状態だったようです。
「あぁ……来てよかった……最高!」
「……私、決めた!」
幾重にも反響し合う僧侶たちの読経と、酔いしれる女性たちの黄色い嬌声があふれ返るライブ会場、もとい念仏法会の熱狂に呑まれた二人は、その場で出家してしまったのでした。
おとなしく帰ればバレなかった(少なくとも、見逃してもらえた)だろうに、時の権力者である後鳥羽上皇の側室が出家してしまったニュースは、たちまち世間を騒がせます。

「ねぇねぇ。似合う?」勢いで出家してしまった鈴虫(イメージ)。
「おのれ……朕(ちん。陛下の一人称)に恥をかかせおったな!」
松虫と鈴虫が不倫をしたという噂まで立ち、面目をつぶされてしまった上皇は、安楽房と住蓮房を捕らえて斬首とし、彼らの師匠であった法然上人(ほうねんしょうにん。浄土宗の開祖)と、先輩弟子の親鸞聖人(しんらんしょうにん。後に浄土真宗の開祖)を流罪に処したのでした。
松虫と鈴虫の末路については不明ですが、寵愛を失って放逐され、勅勘(ちょっかん。陛下のお怒り)をこうむっているため受け入れてくれる尼寺もなく、野垂れ死んだものと思われます。
エピローグ♪なもあーみだーぶーつ(南無阿弥陀仏)……なもあーみーだーぶーつ……
南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……♪
いつか近所の住職さんが、法話の席で唄ってくれたものですが、小ざかしい理屈は一切抜きで、ただひたすらに仏を念じ「お救い下さい」と希(こいねが)う。
宗教の底力。戦国時代、徳川家康を苦しめた一向一揆。Wikipediaより。
その姿から一向宗(いっこうしゅう)とも呼ばれた浄土真宗の、時に権力者さえ震撼せしめた歴史に「一念(いちねん)岩をも通す」の言葉を思い出します。
葬儀や法事の席などで耳にするお経や念仏には、かつて仏の救いを求めた人々の情熱が込められていることを思うと、少しは眠気も収まるかも知れません。
※参考文献:
下川耿史 監修『教科書が教えてくれない18禁の日本史』宝島社、2017年1月
石井進『日本の歴史7 鎌倉幕府』中公文庫、2004年11月
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