あの素晴らしい〈フォークソング〉をもう一度<山木康世(ふきのとう)「白い冬」>デビュー曲のラジオ初オンエアに万歳三唱 (2/2ページ)
さらに、デビュー時に同じ事務所だった海援隊の武田鉄矢さんに「風来坊のような曲を作ってくれ」と頼まれまして。
──それが名曲「思えば遠くへ来たもんだ」ですね。武田鉄矢主演で映画化、古谷一行主演でドラマ化もされました。
山木 詞は武田さんですが、曲ができてデモテープを持って武田さんのアパートを訪ねたんですよ。2人で聴いていたら奥さんが「いい歌ね」とおっしゃって、武田さんと「これで決まり!」と乾杯しました。
──締めとなる「春雷」も根強いファンが多い名曲。
山木 最初は男女の別れをテーマにした歌詞で。ところが、当時のマネージャーに弾き語りで聴かせたら「メロディーは文句なし。でも詞はこれじゃない」と言われて書き直し。僕の中では、札幌にいる母親がガンで死期が迫っていることに頭がいっぱいで、母へのエールというか、歌で恩返しできればという歌詞になったのです。
──初めて出演した「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)での涙の熱唱も話題になりました。
山木 歌う前に司会の芳村真理さんから、母親の病状のことを振られたんですよ。事務所とも言わない約束だったのに、ここで話題にされて「お袋が見てたらどうするんだ!」と思いました。
──テレビはどうしてもエピソードを欲しがりますから。さて、愛された「ふきのとう」は92年に解散。その後は、ソロで全国をくまなく回っていらっしゃるようですが。
山木 今も年間90本はやっていますね。もともと旅が好きなので、地方でその町のうまいものを食べて飲んで、そのついでに歌っているという感覚で。
──70歳ですから古希を迎えたわけですね。
山木 それで「RAOJIN(老人)」という曲も作りました。自分の趣味のような形で歌っていますから、この年齢でも疲れるということはないですね。
──まだまだ名曲が生まれそうです。