志村けん「最後の晩餐はおふくろが作ったすいとんがいい」と語った母親との関係性 (2/3ページ)
高校2年生の時、ドリフターズの付き人になるべく家を出た志村。月収4500円だったため食うに食えない生活を送っていた志村が、稀に実家に戻ると、母は「食ってるか?」と呟き台所に立って、すいとんと厚揚げを作り、志村が家を出る時は金を握らせていた。
19歳で子供ができて堕ろすことになり、相手の父親から「誠意をみせろ」と言われた時、和子は「気を付けるんだよ」と100万円を貸した。それ以来、志村は「母には一生頭が上がらない」と思うようになったという。
憲司が交通事故で認知症を患ってからは、亡くなるまで苦労が続いた和子だが、82歳の時に転機が訪れる。笑福亭鶴瓶の計らいで『志村&鶴瓶のあぶない交遊録』(テレ朝系)に出演すると、結婚前のように生き生きと明るくなったのだ。
『あぶない交遊録』では、鶴瓶が志村に内緒で和子を呼んで、親子が触れ合う企画を行なうことが恒例となった。親子でゲートボールをする企画から始まり、一緒に氷川きよしのコンサートや温泉旅行を楽しみ、ふじいあきらと手品を披露したり、人気タレントの人生相談に乗ることもあった。
■コントでの親子共演が恥ずかしかったというが
『志村けんのバカ殿様』(フジ系)では、「布団と枕の間にグラビアアイドルの写真集を挟んで就寝したバカ殿が、夢の中でセクシーな女性とベッドイン。