志村けん「最後の晩餐はおふくろが作ったすいとんがいい」と語った母親との関係性 (3/3ページ)

日刊大衆

しかし、家老が写真集をある写真に入れ替えると、夢に和子が現れて『康徳、早く結婚しなさい』と告げ、志村が『なんでここにいるんだよ』と言うと、『はい、コマーシャル!』と返す」コントも披露された。志村はコントでの親子共演が恥ずかしかったという。

『ハッピーバースデー!』(フジ系)に志村がゲストとして出た時は、和子が電話出演。長時間話したものの大幅にカットされたことを受けて、放送後、和子は志村に電話で「ずいぶんカットしたわね」と文句を言ったという。「けんのおかげでテレビにも出られたし、もういいや」と漏らすこともあり、芸事が好きな和子はテレビ出演を楽しんでいたようだ。

 志村は毎年正月に和子と兄夫婦が住む家を訪れていた。志村が来ると、和子は「すいとん」を作って迎えてくれた。夜になると、志村が「眠いんだったら寝ていいよ」と言っても、和子は「ううん、いい。まだ起きてる」と返して、兄たちの家族が寝静まるのを見計らって、「どうなのよ、ねぇ。子供は」と言い出す。志村がこたつで寝てしまうと、和子は毛布を掛けるのだという。和子にとっては何歳になっても子供なのだ。

 孫の顔を見たがっていた和子は、「孫は4人いるけど、やっぱりけんちゃんの孫を見たいですよねぇ。カラオケの持ち歌は『二輪草』と『祝い時雨』で、けんちゃんの結婚式にそれを歌うつもりなのに、なかなか結婚してくれないのよね」(『女性自身』)と語っていた。

 晩年、和子は車いす生活を送っていたが、毎年夏の舞台『志村魂』に行くことがリハビリになっていた。志村は開演前に和子の車いすをゆっくり押してグッズ売り場を回りながら「どれがいい?」と優しく聞いていた。

 本番では、和子からの「けんちゃん、頑張って」という声に、緊張して津軽三味線の演奏を間違えることもあったという。志村にとって、一番のファンである母から「来年も舞台をやるんだろう」と聞かれることが励みになっていた。

 2015年11月23日、和子は96歳で逝去。横たわっているお母さんの傍らで、志村は「寂しいなあ」とつぶやきながら焼酎をひとりで飲み続けていたという。志村はブログで「母ちゃん有難う御座います 私を産んでくれて有難う 天国からまだまだ応援 見守って下さい」と呼びかけた。和子の遺影は『交遊録』で米寿のお祝いの時に撮られた写真だった。

 過去に志村は「最後の晩餐に何を食べたいか」という質問に、「おふくろの手打ちうどん。欲を言えばすいとん」と答えている。その願いが叶うことはなかったが、天国で和子が作るすいとんを食べているのかもしれない。

(EX大衆4月号「志村けんと女性たち」母親)文●大貫真之介

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