明治時代の競馬はギャンブルではなく貴族の社交場。不忍池にあった競馬場とは? (3/3ページ)
『徳川家康公御入国三百年大祭忍ケ岡幌曳階子乗之図』鍋田玉英 パラシュートを付けた人形が空に描かれている。
しかし、馬券を販売できないことが痛手となり、徐々に経営が悪化。競馬は春場所・秋場所と定期開催され、明治天皇も何度か観覧していたが、経営難のため1892年(明治25年)の秋場所を最後に上野不忍池競馬は終了した。
今では馬どころかもっとたくさんの動物がいる上野の不忍池。日本が西洋列強に必死に追い付こうとしていた歴史の断片が、池の形から見えてくるようである。
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