武田信玄が行った人材活用術。それこそが戦国最強軍団を生み出した原動力だった【前編】 (5/5ページ)
その上で、信玄は、家督相続と甲斐統一に尽力してくれた家臣たちの持つ、それぞれの能力を生かし切る人材管理術が、武田家のさらなる飛躍に通じると理解していたのです。
後編では、武田信玄が実践した、具体的な人材管理術についてお話ししましょう。
武田二十四将の一人・穴山信君。穴山氏は、武田本宗家との婚姻関係で御一門衆とされたが、元々は有力な国人であり、武田氏からの独立心が強かった。(写真:Wikipedia)
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