「僕は僕を好きになる」MVの山下美月に見られるプロフェッショナルとしてのアイドル【乃木坂46「個人PVという実験場」第17回5/5】 (3/3ページ)
作り手の意図がどこにあるにせよ、このMVには冷ややかな怖さとアイドルという職能への誇らしさとが同居している。そして、その対照的な二側面のいずれかだけに拘泥しても、「アイドル」という職の複雑さを見落とすことになる。
絶えずオン/オフが融解しアイドルのパーソナリティが消費されていく怖さだけを抽出するならば、アイドルという存在をどこまでもシニカルに捉えることに終始してしまう。
けれども、送り手からオフィシャルに供給されたこのMVを単に誇らしいものと位置付けてしまえば、アイドルをとりまく構造やメディア環境を、疑うことなく肯定してしまいかねない。このMVをすぐさま明快に位置づけようとするのでなく、少々の心地悪さを持て余しながら問い返すことはおそらく無益ではない。