老いを笑うな若者よ!平安時代、合戦に敗れた安倍貞任が源義家に詠んだ返歌が切なすぎる (2/4ページ)
果敢な抵抗を見せるも武運つたなく、陥落する衣川館(イメージ)。
時は康平5年(1062年)、先に討死した父・頼時の遺志を継いで徹底抗戦を続けていた安倍貞任は、一時は朝廷の軍勢を押し返していたものの、次第に劣勢となり、衣川館(ころもがわのたて。現:岩手県奥州市)に籠城したものの、攻勢に耐えきれず逃亡しました。
これを追うのは頼義の嫡男で八幡太郎(はちまんたろう)と異名をとる源義家(よしいえ)。当年24歳、父譲りの武勇を誇る新進気鋭の若武者です。
「こらっ!逃げるな卑怯だぞ!戻ってきて勝負しろ!おい、何とか言え!」
【原文】きたなくも後をば見するものかな。しばし引きかへせ、物いはん
※『古今著聞集』巻第九・武勇より。
しかし老練なる貞任は安っぽい挑発に乗ることなく、駿馬に鞭をくれくれ逃げ続け、距離を稼いでいきました。
このままでは逃げ切られてしまう……焦った義家は、とっさに和歌(下の句)を詠みました。
