日本一小さな大名?徳川家康さえ一目置いた、喜連川藩の歴史を紹介! (4/5ページ)

Japaaan

第10代藩主・喜連川宜氏。Wikipediaより。

喜連川藩 歴代藩主
藩祖・足利国朝
初代・喜連川頼氏
2代目・喜連川尊信(たかのぶ。頼氏の孫)
3代目・喜連川昭氏(あきうじ。尊信の長男)
4代目・喜連川氏春(うじはる。足利一門宮原家からの養子)
5代目・喜連川茂氏(しげうじ。氏春の長男)
6代目・喜連川氏連(うじつら。茂氏の次男)
7代目・喜連川恵氏(やすうじ。伊予大洲藩加藤家からの養子)
8代目・喜連川彭氏(ちかうじ。恵氏の長男)
9代目・喜連川煕氏(ひろうじ。彭氏の三男)
10代目・喜連川宜氏(のりうじ。煕氏の婿養子)
11代目・喜連川縄氏(つなうじ。水戸徳川家からの養子)
12代目・足利聡氏(さとうじ。足利一門宮原家からの養子)

聡氏の代になって江戸幕府が滅ぶと喜連川藩も消滅したため、苗字を足利に戻して家督は養子の足利於菟丸(おとまる)に継がせ、その子孫は現代に至ります。

終わりに

かつて家康さえも一目置き、代々の徳川将軍とある種で対等?な関係を続けていた日本一小さな大名家?喜連川藩。

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