幕末の女スパイ?尊皇攘夷の志士たちを葬り去った井伊直弼の愛人・村山たかの末路【前編】 (1/3ページ)

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幕末の女スパイ?尊皇攘夷の志士たちを葬り去った井伊直弼の愛人・村山たかの末路【前編】

時は幕末、尊皇攘夷の志士たちが幕府の大老・井伊直弼(いい なおすけ)によって葬り去られた「安政の大獄(あんせいのたいごく)」。その陰では多くの腹心たちが暗躍しており、中に一人の女性がいました。

今回は幕末の女スパイ・村山たかのエピソードを紹介したいと思います。

20歳で故郷を飛び出し……

多賀大社。Wikipedia(撮影:Saigen Jiro氏)より。

村山たかは江戸時代後期の文化6年(1809年)、近江国は多賀大社(たがたいしゃ。現:滋賀県多賀町)にあった尊勝院(そんしょういん)の娘として誕生しました。

尊勝院とは神宮寺(神社境内の寺院)の一つで、そこに在籍していた僧侶の誰かが父親ということなのでしょう(母親は不明、近郷あるいは檀家の女性かも知れません)。

しかし僧侶が子をなしては外聞が悪いからか、生後間もなく彦根(現:滋賀県彦根市)に住む寺侍(寺社に奉公する武士)の村山家へ養女として預けられました。

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