日本史を2万年も増やした男「相澤忠洋」を君は知っているか? (3/4ページ)
日本は酸性の土壌が多いため、人骨は土の中で消滅しやすいのです。
こうした「旧石器時代」の人々は、石を打って作る、石斧やナイフのような打製石器を使っていました。時代が進むと、槍のように使う「尖頭器」や、小型の細石器も使われるようになりました。多くは狩猟用で、主な材料は天然のガラスである黒曜石などだったと考えられています。
黒曜石は切れ味が鋭く、現在でも手術用のメスとして使われるなどしています。
遺跡からは、肉を調理した痕跡や集落の痕なども見つかっています。縄文時代と比べて生活の痕跡を示すものが少なく、旧石器時代の人々は一か所に定住せずに頻繁に移動していたとみられています。
考古学者・相澤の艱難辛苦相澤忠洋の功績について簡単に記してきましたが、実際には、彼が「旧石器時代」を発見した考古学者として認められるまでは長い年月が必要でした。