現代社会で喪失しつつあるつながりと神話の存在感の消失との関係性 (2/4ページ)

心に残る家族葬



岡野は現代社会ではそのような「つながり」という物語は喪失しつつあるとし、その再建の重要性を説いている(2)。


■「大いなる存在」=縦のつながりとその喪失

岡野が述べる「つながり」とは、両親、祖父母と遡り、宇宙の始原へとつながっていき、翻っては自分の子供、孫と連なる、垂直的・時間的・歴史的な関係性、いわば「縦」の「つながり」である。この「つながり」は自分が存在しているのは決して自分の力ではなく、大いなる生命の流れの中で「自分を超えた大いなる何か」(2)に与えられたものであり、決して意味のない、ただ存在するだけの存在ではないことを教えてくれる。人間はそこに畏敬の念を抱かざるをえない。

岡野によると、かつての日本にはそうした「大いなる何か」への畏敬の念があった、しかし現在そのような「つながり」の感覚は失いつつあり、その感覚から創造された物語(神話)も喪失しつつある(2)。戦後の日本は全体主義への反省から科学的合理主義によって「つながり」を教えてくれる神話という物語を消す方向に動いてきた。科学主義は神話をおとぎ話に貶め、「大いなる何か」への畏敬の念は「目に見えないものなど存在しない」という物質還元主義-すべてはモノである-の前に屈してしまった。

■つながりをなくしたわたしたちに残るものとは…

岡野は述べる。
 
 「すべてはモノにすぎないのなら、すべては価値も意味もない。意味も価値もないものに、善悪の区別があるわけがない。そして、意味も価値も倫理も成り立たない世界に、私・エゴだけは生きていて・・・」(2)
 
人生に意味がなくただ生きているのだとすれば、せめて自分の快楽だけに生きて行くという価値観が正当化される。そして、「自分の人生は自分のもので、自分のためにある」(2)というニヒリズムとエゴイズムを内包した個人主義が創出されることになり、今日の「人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」「なぜ人を殺してはいけないの」といった自己中心・他者不在の価値観を創出することになる。現代とは、命は与えられたものであり、「「私の勝手」ではないものがある。」(2)という「つながりコスモロジー」を喪失した時代であるといえる。
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