現代社会で喪失しつつあるつながりと神話の存在感の消失との関係性 (3/4ページ)

心に残る家族葬



■狭く過剰な「横のつながり」

岡野はトランスパーソナル心理学の立場から主に「縦」の軸のつながりについて論じているが、筆者はそこにもうひとつの軸を考察したい。つながりにはもう一方の「横」の軸が存在する。それは家族、友人、師弟など、現在自分が生きている環境を構成する人間関係であり、このつながりは「縦」の軸の垂直・時間・歴史的関係に対して、水平・空間・現在的関係性といえる。しかし、相次ぐ若者による事件の報道などを通して見る限り、現代における横のつながりは極めて狭く、閉塞した関係であると言わざるをえない。

筆者の感覚では、現代の若者は同じ世代の友人としか交流を深めようとせず、年長者とのコミュニケーションを避ける傾向がある。そしてSNSやLINEなどのインターネットによるコミュニケーションツールが、狭い友人関係による閉塞した世界の構築をさらに加速させているように思える。閉塞した世界は、閉塞しているが故に排他的であり、それ故、内側には濃密な関係を他者に要求する。LINEの返信が来ないことを理由にトラブルが生まれたり、LINEのグループ内でいじめが行われるなどの事例は珍しいことではなくなった。このような状況を鑑みるに現代、特に若者の間においては縦のつながりが忘却されつつあるのに対し、横のつながりにおいては、むしろ錯綜するほどに過剰なものである現状が見えてくる。

■ 「つながり」の喪失による実存不安

筆者が思うに人間が存在するということは、正確に表現するならば、縦軸=垂直・時間・歴史的関係と、横軸=水平・空間・現在的関係の交点に存在する、ということである。LINEの返信が来ないことに不安を抱き、常に誰かとつながっていなければ不安に襲われる。そのような事態に陥っているのは、それが「縦軸」のない「横軸」のみの世界の上で、自分の場所(交点)を見失い、自分が存在していることへの不安(実存不安)に陥っているからではなかろうか。ただ無意味に現在という瞬間に、社会に、投企されている状態の中で、横のつながりのみがリアルであり、過剰なまでの関係になってしまっているのではないかと推測する。

近代社会は自由意思・個の尊重といった概念を構築した。
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