前代未聞の敵前逃亡!15代将軍・徳川慶喜が大坂城から逃げた真相に迫る【その1】 (3/4ページ)
邨田丹陵による「大政奉還図」。上座にいるのが徳川慶喜。(写真:Wikipedia)
大坂城での徹底抗戦を促した大演説
大阪城。幕末には天守閣はなかったが、堅固な石垣と大砲で要所を固める大規模な要塞だった。(写真:T.TAKANO)
1868年1月5日、大坂城の大広間には、慶喜の召集に応じ、会津藩主松平容保、桑名藩主松平定敬とその重臣たち。そして、大坂城に詰める老中・若年寄をはじめとする幕臣たちが居並んでいた。
彼らの耳に入ってくるのは、大広間の襖を震わすような慶喜の朗々たる声。
それは、時に激しく、時に物静かに、そして涙声にと、聞く者全ての感情を揺さぶった。