美食家にもほどがある!奈良時代の最高権力者「長屋王(ながやおう)」は超絶グルメ (1/3ページ)
長屋王は奈良時代の「美食王」!?
奈良時代初頭の最高権力者であった「長屋王(ながやおう/ながやのおおきみ)」。彼は、中央集権国家としての律令制を維持するために、教科書にも登場する三世一身(さんぜいっしん)法などの思い切った政策を実施したやり手の政治家でもありました。
天武天皇の孫にして、藤原不比等の死後に就いた役職は最高位の左大臣。皇親勢力の巨頭として政権を担当し、政界の重鎮と言ってもいい存在だったのです。
密告と殺戮!奈良時代、それは血で血を洗う争乱が続いた時代だった。【前編】で、その長屋王は、実は日本史上まれに見るほどの美食家でした。
そのことが判明したのは、1988年のことでした。発掘調査が行われていたデパート建設予定地で、長屋王の邸宅跡が発見されたのです。
その邸宅の面積は六万平方メートルにもおよび、正殿が内裏正殿に匹敵する構造を持つなど、かなり広大なものでした。
そして、その跡地からは大量の木簡(字句などを書き記した木の札)が見つかりました。その数たるや約10万点。そしてそこには、長屋王邸の調理場に各地から届けられた、さまざまな食材が記されていたのです。

