7基の台場は今どこに?幕末、江戸防衛のために建設された海上要塞「品川台場」の過去と今 (2/4ページ)

Japaaan

歌川広重『江戸名所百景 品川御殿やま』(国立国会図書館デジタルコレクション) 同地は桜の名所として有名だった。

幕府は外国船から江戸を守るための海上砲台を沿岸防衛に精通していた伊豆韮山代官の江川英龍に建設させた。

建設には八ツ山や御殿山などの付近の山を切り崩した土砂が利用され、歌川広重の『江戸名所百景 品川御殿やま』には、台場建設のために切り崩された山肌が描かれている。

歌川広重『東都三十六景 高輪海岸』(国立国会図書館デジタルコレクション)左に台場が描かれている。

当初は11基の台場を建設する計画だったが、第一から第六台場と陸続きの御殿山下台場の計7基の台場を完成させて建設工事は終了した(第七台場は未完成)。

現代に換算すると約20億~30億円かけて建設された品川台場だったが、結局一度も使われることなく日本は開国。品川台場はその役目を終えることとなる。

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