戦国大名もブランド重視?徳川家康と島津義久の家柄争いエピソード (3/4ページ)

Japaaan

訊かれた側は往々にして「もっと知って欲しい、褒めて欲しい」などと思っており、あれこれ語ってしまいがちです。

まったく油断も隙もありませんが、そんなタヌキ親爺の意図を知ってか知らずか、義久はそれとなくはぐらかします。

「いやぁ……お恥ずかしい話にはございますが、それがしはいつも弟や家臣らに戦わせ、自分はただ本陣に座って戦果の報告を受けるばかり。とても徳川殿にお聞かせできるような武勇伝などございませぬ」

歌川国員「當世武勇傳 柴津(島津)少将義久卿」

チッ、乗って来ぬか……情報を引き出せなかった家康は、捨て台詞にちょっとした嫌味を言い放ちました。

「何を仰せられますか……総大将たる者は自らの手を砕くことなく家臣に勝利をつかませるが最上……さすがは島津殿、源頼朝(みなもとの よりとも)公もかくやとばかりの将器にございますなぁ……」

これだけ聞けば、かつて鎌倉に武士の世を開いた頼朝公に比肩する将器を褒められたのだから、決して悪い気はしない筈ですが、家康の意図は何だったのでしょうか。

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