白石麻衣が「乃木坂シネマズ」で見せた重層的な演技【乃木坂46「個人PVという実験場」第18回6/6】 (4/4ページ)
少女とともに水族館をめぐる由梨は、戸惑い苛立ちながらも、やがて少女にささやかな共感を寄せる。
運転手と由梨の背景には、姿は描かれないながらも、それぞれの人生を弄してきたであろう幽霊的な存在感をもつ他者たちの気配が感じ取れる。
運転手の口から語られる二人の男性は、いずれも己の価値観を押し通し、彼女をぞんざいに扱う者として立ち現れる。一方、白石演じる由梨は重大な決断をその身に引き受けるが、その決断に不可避に介在しているはずの男性もまた、どこまでも顔のみえない透明な存在である。あるいは終盤で明かされるように、少女の来歴にもまた、責任を追うべき者の不在が浮かび上がる。
やがて、そうした境遇をもつ者たちが互いにひととき生かされるような時間を経て、由梨が運転手や少女と別れる瞬間、異なる世代や人生を歩いているはずの三人の生が直線で結ばれる。
それは、冷え冷えとした現実を生きる者たちそれぞれの時制をかき混ぜ、溶け合わせるような寓話的瞬間である。中盤の水族館のシーンでは、由梨と少女が海月やイルカを眺める場面が示唆的に挿入されるが、それらのカットもここにきて複層的な意味を帯びてくる。
白石麻衣の微細な表情が印象深い「街の子ら」は、俳優としての彼女をとらえるとき、はずすことのできない重要作のひとつだ。そしてまた、それぞれに状況を引き受け、決断しながら生きてゆく「子ら」を包み込むのは、雨降る夜の東京である。登場人物たちの置かれた環境を暗示するような寒々しい空気も、現在見返すと一層空回りしたものに感じる「東京オリンピック」の気配までも含めて、やはりこの街の佇まいも本作の主役である。