返答は庭への放尿!せっかくの出世を断った「賤ヶ岳の七本槍」平野長泰かく語りき (4/5ページ)

Japaaan

平野権平長康(泰)。Wikipediaより。

「2,500石ぽっち、いや、たとい20万石をくれたって、お前の下風に立たされる筋合いはねぇんだよ!」

出世に興味もなかないが、武士は名をこそ惜しむもの……槍一本で敵中に突っ込み、命を賭けて勝ち取った5千石は、媚びへつらって頂戴した20万石より遥かにまさる……戦国乱世を闘い抜いた「賤ヶ岳七本槍」長泰の高笑いが聞こえてくるようですね。

エピローグ

七三 平野権平殿は、賤ケ嶽先登七本鎗の内なり。後に家康公御旗本に召しなされ候。或時、細川殿へ振舞に参られ候。御亭主御申し候は、「権平殿の武篇は日本に隠れもなき事にて候。斯様の大勇士を唯今の通りの小身にて召し置かれ候儀、残念にて候。さこそ御不如意にこれあるべく候。我等家中になど御成り候はゞ、領知半分は遣し申すべき」由御申し候。権平殿兎角の返事なく、不図座を立ち縁に出で、正面に立ちはだかり、小便を致しながら申され候は、「御手前の家中になりては、爰から小便する事がならぬ。」と申され候由。

※『葉隠』巻十より。

……余談ながら、平野家は江戸時代を通じて代々続き、第10代・平野長裕(ながひろ)の時に明治維新を迎えました。

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