戦国時代の義将・石田三成が「大一大万大吉」に込めたその意味とは? (3/4ページ)

Japaaan

英語のOne for All,All for Oneとは順番が逆になるものの、鶏が先か卵が先かを論ずるよりも

「誰もがみんなのためを思い、みんなは誰も見捨てない社会こそ理想である」

というニュアンス(三成の信念)を心に留めておくことの方が大切と考えます。

どこまでも大真面目に公平・公正な世の実現を志した三成らしいトレードマークと言えるでしょう。

三成のオリジナルではなかった?

そんな大一大万大吉ですが、実は三成のオリジナルではなく、平安末期の武士・石田次郎為久(いしだの じろうためひさ)らも使っていたと言われています。

相模国大住郡糟屋荘石田郷(現:神奈川県伊勢原市)に所領があったため石田の名字を称しました。

源頼朝(みなもとの よりとも)公に仕えた三浦(みうら)一族の一人で、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に登場する13人の一人・三浦義澄(よしずみ)の従甥(いとこおい)に当たります。

木曾義仲(左下)を討ち取りにかかる石田為久主従(右下)。『平家物語』より。

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