「腐ったみかん」と呼ばれた女子高生が医学部合格 夢を叶えた医師が語る「変われた理由」(1) (2/4ページ)
――中高生の頃はかなり荒れた生活をしていて、高校の先生からは「腐ったみかん」と言われていたという風子先生ですが、現在は医師として活躍されています。人生を立て直せたといいますか、自分を変えられたのはなぜだったのでしょうか?
風子:変わったといえば変わったのですが、自分としては「本来の自分に戻った」という感じなんです。確かに非行が過ぎて「腐ったみかん」と呼ばれていたのですが、好きで腐ったわけではないですし、本心では変わらなきゃいけないという気持ちはありました。
ただ、当時は変わろうとすると周囲の大人に邪魔される感覚だったんですよね。たとえば、今日の夜は出歩かずに家にいようと思っていても、親が前日の夜のことを持ち出して「罰として家事をしなさい」と言ってきたり、何も悪いことをしていない時に限って先生が邪魔者扱いをしてきたりといったことがあって、変わろうとする気持ちが折れてしまったり余計に反発してしまうということはありました。
親や先生がそういうふうに接してくるのは、普段の私の行動からしたら仕方ないことだったのかもしれませんが、自分の意志を無視されているような、「こうあるべき」という大人にとっての理想を押しつけられているような気がして嫌だったのは確かです。
――お母さんが過干渉気味だったということを書かれていましたね。
風子:そうですね。それが小学校高学年くらいから嫌になってきて、家に寄りつかなくなっていきました。ただ、それは両親の離婚がきっかけだった気がします。私が小学3年生くらいのときに離婚したのですが、すごく母は責任感の強い人だったので、「父親がいなくても立派に育てなくちゃ」という気負いがあったのかもしれないと、今は思っています。
――お母さんと折り合いが悪く、中学・高校で荒れていた時も、友達には恵まれていたと書かれていました、当時孤独を感じることはなかったのでしょうか?
風子:それはありましたよ、やはり。