「紫陽花」の学名に愛する日本人女性の名を付けたシーボルトの愛情深いエピソード (1/5ページ)

Japaaan

「紫陽花」の学名に愛する日本人女性の名を付けたシーボルトの愛情深いエピソード

陰鬱とした天候が続く梅雨の時季に合わせて咲く紫陽花。関東近郊ではあじさい寺の別称を持つ鎌倉の明月院や東京の白山神社などが有名なスポットだ。

江戸時代に来日したドイツ人医師シーボルト(本名フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)は、日本の植物である紫陽花をこよなく愛し、自身の著書『日本植物誌』でHydrangea otaksa(ハイドランジア オタクサ)という学名を付けて西洋に紹介した。

ハイドランジアとはセイヨウアジサイのことで、オタクサはとある日本人女性の名前である。シーボルトが紫陽花に人の名前を付けた理由とは。

来日と楠本滝との出会い

川原慶賀によるシーボルト肖像画(Wikipedia)

シーボルトは出島(オランダ商館)の医師として、文政6(1823)年に来日した。翌年には出島の外に診療所と医学塾を兼ねた鳴滝塾を開設し、高野長英や伊東玄朴などの著名な蘭学者や蘭方医がここで学んだ。

「「紫陽花」の学名に愛する日本人女性の名を付けたシーボルトの愛情深いエピソード」のページです。デイリーニュースオンラインは、シーボルト紫陽花江戸時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る