あの名将の首級はどこへ?武士道バイブル『葉隠』が伝える、極限状況で首級を隠す秘伝とは
戦国時代、名だたる敵の首級を上げることは大きな名誉でした。となれば当然、反対に首級を奪われることが大変な不名誉であったことは言うまでもありません。
もちろん、命を惜しんで見苦しい振る舞いに及ぶことはもっと不名誉ですが、なるべくならば首級は奪われたくないもの……そこで往時の武士たちは、どうにかして敵に首級を奪わせまいと知恵を絞りました。
今回は、そんな知恵が記された武士道バイブル『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』の一説を紹介したいと思います。
果たして彼らは、どのように首級を隠したのでしょうか。
どうせ隠し切れないならば……五七 顔面の皮の剥やう(はぎよう)の事。顔を竪横(たてよこ)に切裁(きりたち)、小便を仕懸(しかけ)、草鞋(わらじ)にてふみこくり候えば、はげ申候由(そうろうよし)、行寂和尚京都にて承り候との咄(はなし)也。秘蔵の事也。
※『葉隠』巻第十より
【意訳】
顔の皮膚のはぎ取り方について。まずは顔面を縦横(ズタズタ)に切り裂き、そこへ小便をかけてから草鞋で何度も踏みつければ、皮膚はボロボロに剥がれるそうな。
行寂和尚が京都で聞いてきた話だが、これは秘伝である。
……人間の顔というものは、皮膚を剥ぎとって筋肉をむき出しにすると、よほど目立つパーツがない限り、誰が誰だか判らなくなってしまいがち。
顔の皮一枚剥ぐだけで、誰が誰だか判らない。Wikipediaより
だから、どうしても首級を隠し切れない(※)時は、いっそ顔の皮を剥いでしまえば、たとえ敵に見つかっても、それが「主君の首級だ」と見破られにくくなります。
(※)すぐに思いつくのは「穴を掘って埋める」「滝壺などに放り込む」などの手段ですが、予て用意がしてあることもないでしょうから、付け焼き刃の隠蔽では間もなく発見されてしまうでしょう。
しかし、いくら敵から辱しめを受けないためとは言え、日ごろ仕えてきた主君の顔をズタズタに切り裂いた上に小便をひっかけ、小便が皮膚と筋肉の間にしみ込んだであろう頃合いに何度も草鞋で足蹴にしなければならない家来のトラウマたるや、想像を絶するものだったはずです。
せめて日ごろ主君を憎んでいれば「ざまぁ見ろ」と気楽にやれるかも知れませんが、もしそうであればむしろ首級をキレイなまま敵に献上する(※)でしょうから、やはりこの秘伝は忠義に篤い家来が、涙ながらに主君の首級を汚さざるを得なかった経験を伝えたものと考えられます。
(※)ただし、主君に近しいことがバレると「主君を裏切った卑怯者」として逆に処罰を受けかねませんから、その場合は直接持参せず、人の手を介するなどちょっとした工夫を凝らさねばなりません。
「どうか、お許し下され……」主君の首級を汚さねばならず、涙にくれる忠臣(イメージ)
「お許し下され、お許し下され……っ!」
敵に辱められないよう、主君を水から辱めなければならない家来の苦悩。極限状況下における忠義のありようを、この一節はシンプルかつ生々しく伝えています。
すべての敗将がこのようにされた訳ではありませんが、いまだその行方が謎のままになっている者の中には、こうして人知れず紛れていった首級があったのかも知れませんね。
※参考文献:
菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書、2017年12月
古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、2011年6月
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