四国の香川県と関係はあるのか?関東武士「香川一族」の歴史と不思議なご縁 (2/4ページ)

Japaaan

近いけれどイコールではない、香川一族と香川県の関係

香川氏の家紋・九曜巴。Wikipediaより(画像:WTCA氏)

まずは、神奈川県の香川について。この辺りはかつて相模国高座郡香川村と呼ばれ、相模国に勢力を伸ばしていた鎌倉(かまくら)一族の一人・助大夫高正(すけのたいふ たかまさ)が地名をとって香川高正と称しました。

その子・香川権大夫家正(ごんのたいふ いえまさ)は源頼朝(みなもとの よりとも)公の挙兵に敵対して滅ぼされますが、その子の香川五郎景高(ごろう かげたか)は源氏に従い、源義経(よしつね)から経の字を拝領して香川経高(つねたか)と改名。

経高の子・香川三郎経景(さぶろう つねかげ)は承久の乱で武功を上げたことによって安芸国(現:広島県西部)と讃岐国(現:香川県)に所領を賜り、経景の子である香川刑部大輔景則(ぎょうぶのたいふ かげのり)が讃岐国へ移住したと言います。

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