四国の香川県と関係はあるのか?関東武士「香川一族」の歴史と不思議なご縁 (3/4ページ)

Japaaan

その後、香川一族は室町幕府の管領・細川(ほそかわ)氏に仕えてその家中に頭角を現し、応仁の乱(応仁元・1467年~文明9・1477年)で活躍して細川四天王(香川元明、香西元資、奈良元安、安富盛長)に数えられました。

応仁の乱。「真如堂縁起絵巻」より

戦国時代には讃岐国の西半分を治める守護代となっており、毛利(もうり)・織田(おだ)・長宗我部(ちょうそかべ)と言った強大な勢力と渡り合い、豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)によって改易(領地を没収)されるまで、乱世を闘い抜きます。

「こういう香川一族の歴史に基づいて、讃岐国は香川県になったのだろう。坂東武者の末裔が県名になったなんて凄いなあ!」

……と、昔は思っていたのですが、調べてみると「香川」という名称(香川郡。現:高松市)は奈良時代以前からあったようで「香河」「介加波(けかは)」などと表記されていたそうです。

【香川県と香川一族、それぞれの由来】

香川県…古代律令時代からあった讃岐国香川郡に由来。

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