『呪術廻戦』炎上でファン激減…? 漫画における“パクリ・オマージュ論争”が再燃 (3/3ページ)
それは他作品から、どのように影響を受けたかという、経験や触れた作品の物差しでしか判断できない。
〝個性〟や〝オリジナル〟という言葉が持て囃される現代は、とある表現に注目が集まると、その作品が0から生み出されたモノだと勘違いする人が多い。しかし『鬼滅の刃』や『エヴァンゲリオン』、デヴィッド・ボウイ、ドレイクなども含め、すべての作品は1を10にしたものと言える。
もちろん表現における形式と主題をすべて引用していれば、糾弾されるべきだろう。例えば、1枚絵を商品として販売する場合のトレスや模写はNG。形式と主題をモロにパクっているからだ。
引用とは、形式や主題の問題だけでなく、センスや技量も問われることになるのは間違いない。『呪術廻戦』をパクリだと糾弾することは、今までの漫画の歴史を全否定することにもなる。パクリを糾弾する人たちは、漫画に限らず、音楽やアニメなどの表現に触れてこなかった、または本質に触れたことがないのだろう。そもそも『呪術廻戦』をパクリだと指摘する人たちは、芥見よりも漫画を読んでいるのだろうか。漫画を深く愛する芥見よりも、漫画好きではないことは確かだ。
文=「まいじつエンタ」編集部
写真=まいじつエンタ